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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)451号 決定 1985年3月15日

抗告人 高木明子 外一名

遺言執行者 山越光男

遺言者 高木政敏

主文

原審判を取り消す。

遺言者高木政敏の遺言執行者山越光男

を解任する。

理由

一  抗告人両名代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として要旨、(1) 本件遺言は高木政敏(昭和五八年一〇月二〇日死亡)が昭和五七年八月二六日付でした同人の遺産の一部を相続人高木和枝(以下、和枝という。)に遺贈する旨の自筆証書遺言であるところ、原審判後の昭和五九年一〇月一日東京家庭裁判所において、共同相続人である抗告人両名及び和枝との間で、和枝は本件遺言に基づく遺贈を全て放棄し、遺言者の全相続財産を右相続人間で分割する旨の調停が成立し、遺言執行の対象事項が存在しなくなつた、(2)原審判後に判明した事実によれば、遺言執行者山越光男(以下、山越という。)は原審の審問期日において、かねて抗告人らに述べていたと同じように、○○大学教授、○○大学教授、大学連盟理事長などの職にあつたと供述しているが、これらはいずれも虚偽であり明らかな経歴詐称であるうえ、山越は専ら遺言者の両親の意向にそつて遺言執行をしていることが明らかとなつたので、抗告人両名はもとより、受遺者である和枝も山越には不信感を抱き、遺言執行者の解任を希望している、と述べた。

二  そこで判断するに、本件記録によれば、遺言者は大正一五年七月一八日高木正尚、道子の二男として出生し、昭和三五年四月二三日川口良子と婚姻し、昭和三六年三月一九日長女和枝をもうけたが、昭和四二年六月三〇日和枝の親権者を母良子と定めて調停離婚をし、昭和五二年五月一四日抗告人明子と婚姻し、同年一一月八日同女の連れ子である抗告人多美子と養子縁組をしたこと、遺言者は、東京都荒川区○○○○×丁目××××番××宅地一五八・七一平方メートル及び同所××××番地家屋番号××××番××木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一階七三・七八平方メートル、二階四九・五八平方メートルを所有し、同所において高木医院を開業していたところ、昭和五七年八月二六日付で本件の自筆遺言状を作成して、右宅地建物並びに東京都江戸川区○○○×丁目×××番×畑一一四平方メートル及び同所×××番地×家屋番号×××番×の×木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一階五五・五六平方メートル、二階五三・九八平方メートルを和枝に遺贈する旨の遺言をし、昭和五八年一〇月二〇日死亡したこと、山越は同年一一月一日本件遺言書を保管しているとして東京家庭裁判所にその検認を求め、同月一四日抗告人両名及び和枝立会いのもとに開封検認手続が行われたこと、和枝は同日弁護士を代理人として東京家庭裁判所に本件遺言につき山越を候補者として遺言執行者選任を申し立てたが、同年一二月八日「遺贈の目的物が共同相続人らによつて共同相続登記されていることが判明したので、別に申し立てた遺産分割調停事件の中で遺贈目的物につき共同相続人らに遺贈義務の履行を求める話合いを進めることにした。」として右申立てを取り下げたこと、右各遺贈目的物件についてはいずれも同年一一月一日受付で相続を原因として抗告人明子四分の二、同多美子及び和枝四分の一宛の持分割合による所有権移転登記が経由されていること、山越は抗告人両名及び和枝には内密に本件遺言書の保管者として同年一二月一三日東京家庭裁判所に自らを候補者として自ら遺言執行者選任の申立てをし、同月一六日山越を本件遺言の執行者に選任する旨の審判がなされたこと、これより先同月八日和枝は弁護士を代理人として共同相続人である抗告人両名を相手に東京家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立て、昭和五九年一〇月一日和枝は本件遺言による遺贈を全て放棄するとともに、遺言者の全遺産につき、前記遺贈対象物件中前記○○○の土地建物等は和枝が、その余の不動産等は抗告人両名が各取得する旨の分割をし、その調整金(代償金)として抗告人両名は連帯して和枝に対し五一一九万一三五〇円を同年一一月一日までに支払う旨の調停が成立したこと、これより先同年三月二七日山越は遺言執行者として弁護士を代理人として抗告人両名を相手に本件遺贈を根拠に前記遺贈対象物件につき所有者和枝とする更正登記手続を求める民事訴訟を提起し、現在東京地方裁判所に係属中であること、抗告人両名は同年一一月二二日までに調停による前記調整金五一一九万一三五〇円を和枝に支払つたこと、抗告人両名及び和枝は登記の点を初めとして前記遺産分割に関する調停の内容を早急に実現することを望んでおり、しかも遺言執行者山越の解任を右相続人全員が望んでいること、以上の各事実を認めることができる。

右事実によれば、受遺者和枝は遺言者を被相続人とする遺産分割の調停において本件遺贈を全て放棄したのであるから、もはや本件遺言執行の対象となるべき事項は存在しなくなつたものというべきである。そして、このような場合、格別の手続を経ることなく遺言執行者は任務終了により事実上その地位を失うものというべきであるが、前記のとおり遺言執行者自身がその地位を保有すると主張して訴訟を提起している本件のような場合には、民法一〇一九条にいう「正当な事由があるとき」に該当するものとして遺言執行者解任の審判をすることにより法律関係を明確ならしめることができるものと解するのが相当である。

三  以上の次第で、原審判後に生じた事由によつて、結局原審判は不相当となるに至つたものというべきであるから、家事審判規則一九条二項により、原審判を取り消したうえ、遺言者高木政敏の遺言執行者山越光男を解任することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 加茂紀久男 梶村太市)

〔参照〕原審(東京家 昭五九(家)三四〇〇号 昭五九・九・一〇審判)

主文

申立人らの本件申立てを却下する。

理由

第一 本件申立ての趣旨及び実情

申立人ら代理人は、「遺言者高木政敏の遺言執行者山越光男を解任する。」との審判を求め、その実情として、次のとおり述べた。

1 申立人高木明子は、遺言者高木政敏(大正一五年七月一八日生)の妻であり、申立人高木多美子は同遺言者の養女である。

2 上記遺言者は、昭和五八年一〇月二〇日死亡したが、その相続人には、申立人らのほかに、青木和枝(昭和三六年三月一九日生)がおり、これら相続人間で、現在東京家庭裁判所において、遺言者の遺産につき、遺産分割調停事件(昭和五八年(家イ)第六五六五号)が係属中である。

3 遺言執行者山越光男は、遺言者が作成した遺言書の保管者として、昭和五八年一二月一三日東京家庭裁判所に、みずから候補者となつて遺言執行者選任事件(昭和五八年(家)第一〇七四七号)の申立てをし、同月一六日同裁判所で、その遺言執行者に選任された。

4 しかし、遺言執行者山越光男には、次のような解任事由があるから、その解任を求める。

(1) 民法一〇一〇条により遺言執行者選任の申立てをなし得る利害関係人は、遺言の内容中執行を要する部分について法的に保護さるべき利害関係を有する者に限られる。しかし、山越は、遺言者から遺言書の保管を委ねられた者ではなく、遺言者の死後、その父母や妹からこれを預けられたにすぎない者であり、また仮に遺言者自身から遺言の保管を委ねられたものであるとしても、上記のような法的な利害関係はないから、いずれにせよ申立権のない者がした申立てによつて選任されたものである。

(2) 遺言執行者選任の申立てを受けた家庭裁判所は、その審判をするに当り、法定されている遺言執行者となるべき者の意見聴取にとどまらず、相続人等利害関係人の意向や、執行事務の要否、候補者の適否等についても調査することが不可欠である。しかるに、山越の申立てを受けた家庭裁判所は、上記選任申立事件につき、申立人兼候補者である山越の言い分のみに基づいて、申立て後わずか三日後に選任の審判をしているが、これは不適切である。選任審判前に相続人らの意見を聴いていれば、本件遺言については遺言執行者が不要であること、山越が候補者として不適当であることが明らかになつたはずであるし、遺言者の父高木正尚及び相続人高木和枝名義の山越を候補者に推薦する旨の書面が偽造であつたことも判明したはずである。

(3) 本件遺言は、遺言執行者による執行に委ねるよりも、相続人全員の合意に任せる方が妥当であり、少くとも現在の時点では、以下に述べるとおり、遺言執行者の選任はその必要性がないし、有害でもある。

<1> 本件遺言の内容は、要するに相続人間における遺産の分割の問題であるから、あえて遺言執行者による執行を行わなくても、相続人全員が合意すれば、遺産をどのように分けようとかまわない性格のものである。本件の相続人らは、現在全員が調停での遺産分割による解決を希望しており、遺言執行者の選任を望んではいない。

<2> 相続人は、遺言執行者があることにより、遺言の対象遺産については管理処分権を奪われるため、遺言執行者の関与なくして上記遺産分割の調停は進められず、相続人間で事実上分割の合意ができても、遺言執行者によりこれを争われる可能性がある。この点において本件遺言執行者の選任は、相続人間での遺産分割の調停を阻害するものである。

<3> 本件遺言の内容は、不明確である上、作成過程に遺言者の父母による詐術、強要があつて、その内容の解釈ないし効力に重大な疑義があり、また、遺産の大半は遺言執行の対象外であるから、結局は相続人全員の合意による分割が必要である。

<4> 本件遺言の執行の対象となる土地及び建物については、相続人全員のための相続登記がなされているが、山越は本件遺言の執行者として相続人らを相手取り、その相続登記の抹消登記手続請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。このため、相続人間での遺産分割の調停は進行を阻害されることになる。

(4) 山越は、大学教授等の肩書を僣称しているほか、昭和五六年以降遺言者の父母の依頼を受け、遺言者の意思に反して、遺言者と申立人高木明子とを離婚させるべく画策した。しかも、山越は、この離婚話の仲介をした際、その当事者らから金銭を要求してその交付を受ける等の行為をしているから、山越には非弁活動の疑いもある。

また、山越は、遺言者の遺産全体について発言力を強めようとし、遺言者の死後、その父母が保管していた預金証書等遺言者の相続財産に関する一切の書類を保管して、これを相続人らに引渡さない。

したがつて、山越は、本件遺言の執行者として不適任である。

第二 当裁判所の判断

1 本件記録、当庁昭和五八年(家)第九三八二号遺言書検認申立事件記録、当庁昭和五八年(家)第九八〇一号及び同第一〇七四七号各遺言執行者選任申立事件記録、並びに当庁昭和五八年(家イ)第六五六五号遺産分割申立事件記録によると、以下の各事実を認めることができる。

(1) 遺言者高木政敏(大正一五年七月一八日生)は、高木正尚及びその妻道子間の二男であり、昭和三五年四月二三日川口良子と婚姻し、その間に長女高木和枝(昭和三六年三月一九日生)をもうけたが、昭和四二年六月三〇日妻良子と調停離婚し、昭和五二年五月一四日花井明子(申立人高木明子)と婚姻して同年一一月八日同女とその亡先夫との間の長女多美子(申立人高木多美子)を養女とした。

(2) 遺言者と申立人多美子との上記養子縁組に先立ち、遺言者と申立人明子との間には昭和五二年九月二〇日付で誓約書が作成されているが、その誓約文言中には、「妻は夫の一際(一切?)の言動に従い優しく温い家庭を作りその家庭を守る事。」「妻は夫の親族に愛される様努力する事。」「財産については、夫の決断に任せ、妻子は請求しない事。」等の項目が含まれている。

(3) 遺言者は、医師であり、東京都荒川区○○○○×丁目××番××号で高木医院を経営していたが、申立人明子は、遺言者と結婚後昭和五七年頃までは、住居から高木医院に通つて同医院の手伝いをした。

(4) 本件遺言執行者である山越光男は、昭和二七、八年頃は○○大学教授であつたが、その後○○大学経済学部で、昭和四五年までは専任教授、引続き昭和五九年三月までは客員教授として、民法及び商法の講義を担当した。

(5) 山越は、昭和二七年頃大学連盟の理事長にあつた関係で、学会を通じて遺言者と知り合い、その後同人に治療を受けるなど同人との交際を深め、この交際を通して遺言者の父母とも知り合つた。

(6) 遺言者は、申立人明子と結婚したものの、同女と遺言者の父母とは折合いが悪く、遺言者自身も同女と気性が合わないことなどから、次第に離婚を考えるに至り、昭和五六、七年頃から病院に寝泊りなどして同女の住むマンションに帰らなくなり、事実上別居状態となつた。その後遺言者は、山越を仲に立てて申立人明子との離婚の交渉をし、みずから署名した協議離婚届の用紙を申立人明子の許に届けさせるなど同女との離婚話を進めていたが、その結着がつかない間に、昭和五八年一〇月二〇日心筋梗塞のため急死した。

(7) 山越は、上記離婚話の交渉を行つた際、申立人明子あるいは遺言者ないしその父母から、車代として、一、二万円程度の金を受けとつていた。

(8) 遺言者は、昭和五七年八月二六日付で自筆証書遺言(以下、本件遺言又は本件遺言書という。)を作成しているが、この遺言書には、「荒川区○○○○×丁目××番××号所在の高木医院の土地四五五坪とそれに付随する一切の物件及び江戸川区○○○×丁目×番×号所在の土地三四・五坪とその建物は、いずれも実子である高木和枝に相続させる。」旨の記載があるが、遺言執行者の指定はない(同遺言書の末尾には、執行代理人として遺言者の母である高木道子の署名押印があるが、これをもつて遺言者がその母を遺言執行者に指定したものであるとまでは認め難い。)。そして、上記高木医院の土地上には同医院の建物が存在するから、これを併せ考えると、本件遺言に記された高木医院の土地に付随する一切の物件中には、その地上の建物も含まれているものと推認される。

(9) 本件遺言で高木和枝に相続させるものとされた高木医院の土地建物は、登記簿上遺言者の所有名義であつたところ、これについては昭和五八年一一月一日付で、同年一〇月二〇日相続を原因として、申立人明子の持分四分の二、申立人多美子及び高木和枝の持分各四分の一の共有登記がなされている。

(10) 遺言者は、本件遺言を作成した後、遺言書と表書きした高木医院の封筒に、本件遺言と、昭和五七年八月二六日付東京都荒川区長作成にかかる遺言者の印鑑証明書とを封入してこれを山越に預け、以来同人においてこれをそのまま保管してきたが、上記のとおり遺言者が死亡したため、山越は昭和五八年一一月一日東京家庭裁判所に本件遺言書の保管者としてその検認を求め(当庁昭和五八年(家)第九三八二号事件)、同月一四日同事件につき、申立人ら及び高木和枝も出席して開封検認手続が行われた。

(11) 昭和五八年一一月一四日高木和枝は、○○○○○弁護士を代理人として、本件遺言につき、東京家庭裁判所に遺言執行者の選任を求めた(昭和五八年(家)第九八〇一号事件)がその申立書には、「遺言執行者には、遺言者と無二の友人であり、遺言書の保管者である山越光男を推薦する。」旨記載されている。一方、本件申立人らは、○○○○弁護士を代理人として同事件につき、本件申立ての実情と同旨で、山越は遺言執行者として不適任である旨の意見を記載した上申書を提出した。しかし、同事件は、その申立人代理人である○○弁護士から、「遺贈の目的物が共同相続人らによつて共同相続登記されていることが判明したので、別に申立てた遺産分割調停事件の中で遺贈目的物につき共同相続人らに遺贈義務の履行を求める話合いを進めることにした。」として昭和五八年一二月八日取下書が提出されたため、選任に関する審判がなされないまま終了した。

(12) 山越は、高木和枝が申立人となつた遺言執行者選任申立事件が、上記のとおり取下げられたため、本件遺言につき、その保管者として昭和五八年一二月一三日東京家庭裁判所に、自己を候補者とし、みずから遺言執行者選任の申立てをした(昭和五八年(家)第一〇七四七号事件)。同事件については、山越を遺言執行者に推薦する旨の遺言者の父である高木正尚名義の署名押印ある書面と、これと同旨の高木正尚及び高木和枝名義の各署名押印ある書面が提出されているが、この内高木和枝名義の署名押印は同女の関知しないものであつて、上記各書面のその余の部分の筆跡等に照すと、高木正尚が和枝の了解を得ることなく、みずからこれを記載し押印したものと推認される。しかし、高木和枝は、その署名押印については自己の関知しないものであるけれども、かねて高木正尚夫妻やその他父の親族は山越のことを悪く言つておらず、むしろ積極的に信頼しているとして、現在でも、山越本人について、とり立てていう程問題のある人物であるとは考えていない。

(13) 山越が申立てた上記遺言執行者選任申立事件については、申立人であり、かつ、遺言執行者となるべき者である山越本人から意見聴取をした(記録上は、他に特段の事実の調査等が行われた形跡は見受けられない。)上、昭和五八年一二月一六日山越を本件遺言の執行者に選任する旨の審判がなされた。

(14) 昭和五八年一二月八日、遺言者の遺産につき、東京家庭裁判所に、高木和枝を申立人(申立人代理人○○○○○弁護士外一名)とし、申立人らを相手方とする遺産分割調停事件(昭和五八年(家イ)第六五六五号事件)が申立てられ、同事件については、現在調停手続が進行中である。この遺産分割申立書においては、本件遺言により、高木和枝に相続させるものとされた高木医院の土地建物及び○○○の土地建物は、同女に遺贈されたものとして、その余の遺産とは区別して記載されている。

(15) 現在、申立人多美子は○○大学医学部に在学中であり、高木和枝は幼稚園の教諭である。

(16) 遺言者には、その生前、自己所有の財産は基本的にはすべて実子である高木和枝に与えたいとする意向があり、高木医院についても和枝に医師である婿をとつて同女にこれを承継させたいとする意向があつた。高木医院の土地等を和枝に相続させるとする本件遺言の内容は、この意向にそうものである。そして、山越は、遺言者の上記生前の意向を知る者としても、遺言者の遺志である本件遺言の内容は、忠実にこれを実現すべきであるとし、これを無視して相続人間で本件遺言内容と異なる合意が行われることには遺言執行者としてあくまで反対であるとする考えを有しており、本件遺言で高木和枝に相続させるものとされている不動産は、同女に対する遺贈物件であるとし、これにつきなされている相続を原因とする相続人ら名義の共有登記(上記9参照)を被相続人である遺言者名義に回復するため、昭和五九年三月、本件遺言の執行者として東京地方裁判所に、その共有登記の抹消登記手続請求訴訟を提起している。

(17) しかし、申立人ら及び申立人ら代理人は、遺言者の遺産は、本件遺言にかかわらず、高木医院の土地建物等も含めて、別途相続人間の合意により上記遺産分割調停事件の調停においてこれを分割することが望ましく、あくまで本件遺言どおりその執行に当ろうとしている本件遺言執行者は、相続人間での合意の成立を阻害するものであり、有害な存在であると考えている。また、高木和枝の代理人である○○○○○弁護士は、上記のとおり一旦は和枝のため、本件遺言執行者を遺言者の無二の友人であるとして、遺言執行者選任の申立てをしながら、その後これを取下げ、また、遺産分割事件においても、高木医院の土地建物等は高木和枝に対する遺贈物件であるとしていながら、本件においては、「本件遺言執行者は、かねて遺言者の母道子と密着しており、被相続人の代理人というより、その父母の代弁者として、上記遺産分割調停事件における相続人間での調停の成立を阻害しているものである。高木和枝は遺産分割につき本件遺言にこだわることなく話合いによる円満な解決を希望しており、高木医院承継の意思を有してはいない。」旨陳述して従来とは異なる主張をしている。そして、これを裏付ける資料として、申立人らと高木和枝との間には、本件審問期日である昭和五九年七月二七日付で、「江戸川区○○○の土地建物は高木和枝が相続し、その他一切の財産・負債は申立人らが相続し、申立人らはその代償として高木和枝に四一〇〇万円を支払う。」旨の遺産分割方針についての合意書が作成されている。しかし、和枝自身は、上記審問の時点においても、本件遺言は遺言者の意思に基づいて作成されたものであり、その内容は遺言者が生前述べていた意見と同旨であると考えており、上記合意書が作成されてはいても、心情的には、○○弁護士が述べる程明快に本件遺言に対するこだわりがないとは必ずしもいえない心境にあるものとみられる。

以上のとおり認められる。申立人高木明子に対する審問の結果及びこれと同旨の申立人多美子に対する審問の結果中、上記認定に反する部分は措信できず、他にこれを左右するに足る資料はない。

2 上記認定事実によれば、山越光男は、昭和五八年一二月一六日東京家庭裁判所において、同庁昭和五八年(家)第一〇七四七号事件の審判により選任された本件遺言の執行者であることが明らかである。

3 そこで、以下、本件遺言執行者である山越につき、遺言執行者解任の事由の有無を検討する。

(1) 申立人らは、まず、山越を本件遺言の執行者に選任した上記審判は、申立権のない者の申立てに基づいてなされたものである旨主張する。しかし、この申立人らの主張するところは、遺言執行者選任の際の手続上の瑕疵に外ならないから、その瑕疵があるとすれば選任審判の取消又は変更(非訴法一九条一項)で対処すべき事柄である。すなわち、当初から選任すべきでない者を選任した場合のように、被選任者自身に不適任の事由があるときは(申立人らは、この事由がある旨の主張もしているが、この点については別に判断する。)、その不適任事由が現存する限りでは、事柄の性質上現在における解任事由としてもこれをとらえることができるけれども、被選任者自身の問題とは直接かかわりのない選任申立ての際の手続上の瑕疵は、遺言執行者選任審判に不服申立てが認められないこと等に鑑み、民法一〇一九条所定の解任事由には当らないというべきである(仮に、単なる手続上の瑕疵にとどまる場合まで解任事由になり得るものとすれば、遺言執行者選任審判については、その選任審判に原始的瑕疵がある限り、常に解任手続で処理できることとなるが、これは選任審判の取消事由と執行者の解任事由とを混同するものであり、また、利害関係人は選任審判につき不服申立てができず、その取消又は変更についても申立権がないのに、解任申立てとしてであれば一般的に申立権が認められる結果となる点においても相当でない。)。

また、遺言執行者選任審判の取消は実質的には解任審判と異ならないから、仮に、選任審判の取消事由があるときは常に解任事由があるものとしてこれを考えてみても、上記認定事実によれば、山越は遺言者から本件遺言者の寄託を受けてこれを保管していた者であるから、民法一〇一〇条にいう利害関係人に当ると解される。けだし、このように解さなければ、他の利害関係人が遺言執行者選任の申立てをしない場合、遺言の保管者はその保管責任を免れ難く、また、遺言者の最終意思の実現を期し得なくなるおそれがあるからである。

以上、いずれの点からみても、申立人らの主張する点は、解任の事由とはなり得ない。

(2) 次に、申立人らは、上記選任審判は、事実の調査が不十分であつたと主張する。上記認定事実によれば、当該選任審判においては、選任の際行うべき家事審判規則一二五条、八三条所定の手続は履践されており、他に積極的な資料収集が行われた形跡は認められない。しかし、事実の調査は非方式的なもので、その結果はすべて記録化される必要はなく、また、事実の調査の要否及びその程度は家庭裁判所の裁量に委ねられているものであるから、単に事実の調査が不十分であつたということをもつてこれを違法又は不当であるとすることはできないし、仮にこれが選任審判の瑕疵になり得るとして考えてみても、選任の際の手続上の瑕疵については、上記(1)のとおり、解任の事由にはなり得ないというべきである。また、事実の調査が不十分なために、本来不適任であつた山越が本件遺言執行者に選任された旨の申立人ら主張の事実は、上記認定事実によつても認めることはできないし、他にこれを認めるに足る資料はない。

(3) 申立人らは、更に、選任時はともかく、少くとも現時点においては、本件遺言につき遺言執行者を選任する必要性はなく、その存在、特に本件遺言執行者としての山越の存在は有害である旨主張する。

そして、申立人らの主張及び上記認定事実に徴すると、遺言者は生前自己所有の財産はすべてこれを高木和枝に相続させたいとする基本的な考えのもとに、高木医院の土地建物等は同女にこれを相続させる旨の本件遺言を遺しているものであり、本件遺言の執行者である山越は、少くとも本件遺言で高木和枝に相続させる旨記載されている各土地建物は同女に遺贈されたものとして、その遺言内容を忠実に執行しようとしているものであるところ、申立人らとしては本件遺言を実質的に排除し、これに拘束されずに相続人間での合意によつて、自己に有利に遺言者の遺産を分割したいと考える立場から、上記主張をするに至つているものということができる。

しかし、遺言がある場合には、その無効が確定されない限り、(申立人らは、本件遺言の効力に疑問がある旨主張しているが、これを認めるに足る資料はないし、訴訟でこれを争つてもいない。)遺言による遺言者の意思が相続人の意思よりも優先することは自明であり、遺言執行者がその遺言内容を実現するため、これを忠実に執行すべきことも、また当然である。申立人らの上記主張は、自己の立場からの一方的な非難に過ぎず、山越が本件遺言の執行者として客観的に不適当ないし有害な存在であるとは到底認められない。なお、上記認定事実によれば、高木和枝もまた、最近に至り、本件遺言に拘束されず、相続人間で自主的に遺産の分割をすることに同意していることが認められるが、相続人ら全員が遺言内容と異なる分割をする意思を有するからといつて、直ちに遺言執行者を不必要とし、あるいはその存在を有害であるとすることにはならないし、高木和枝自身は遺産の分割方法について上記のとおり同意してはいるとはいえ、これとは別に山越自身が本件遺言の執行者であることにつき、特に異和感をもつていないことも上記認定のとおりであるから、相続人間で自主的解決をする合意があるとしても、その事実は叙上の結論を左右するものではない。

(4) 申立人らは、また、山越が肩書を僣称しているとか、同人には非弁活動の疑いがある等として山越が本件遺言の執行者として不適任である旨主張するが、上記認定事実によつても、山越に肩書僣称の事実や非弁活動の疑いがある等の事実は認められず(山越が離婚話の仲介をし、その交渉の際に車代として金員を受領した事実は認められるが、その離婚話の仲介は遺言者の意を受けて行動したものであり、相続人間の一方に特に加担してこれを行つたものではないから、これをもつて解任事由となるべき申立人らへの不公平な行動であるとは認められないし、その際上記のような金員の授受があるからといつて、直ちに山越に非弁活動の疑いがあるとみることもできない。)、他にその主張に副う事実があることを認むべき証拠はない。

(5) 以上の外、本件遺言の執行者である山越につき、同人がその任務を怠つたこと、その他本件遺言の執行者であることを解任すべき正当な事由があることを認めるに足る証拠はない。

4 以上のとおりであるから、本件解任申立てはその理由がない。

よつて、申立人らの本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。

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